はじめに

著作権法違反の疑いのあるサイトについて、DNSブロッキングを行うことを表明した企業に対し、2018年4月25日、主婦連合会・全国地域婦人団体連絡協議会が連名で出した声明文が話題になっています。
NTTグループ「インターネット上の海賊版サイトに対するブロッキングの実施について」に対する意見書
本稿では、この声明文の末尾にある次の部分(以下、本稿では「冒頭引用部」とします)について、解説を加えたいと思います。

今後,四社が実際にブロッキングを行うこととし,さらに行った場合には,他の消費者団
体等と協力して,消費者契約法上の消費者団体訴訟を提起し,行政手続法第36条の3に基
づいて総務大臣に対し電気通信事業法上の改善命令等(電気通信事業法第29条第 1 項)
を求め,電気通信事業法違反(第179条各項)の罰則に関して刑事告発を行うことも辞し
ません。

なお、執筆者の横田明美は主婦連合会・全地婦連の関係者ではありませんし、この記事を執筆するにあたり両団体への取材等は行っておりません。あくまで、この声明文が前提としている法的仕組みについての理解をご紹介する目的で執筆しております。また、本件の前提となっているDNSブロッキングの違法性についても本稿では触れません。ここでは、横田自身がある程度専門的知見を有する話題である「違法行為が行われている(あるいは行われようとしている)ときに、消費者団体はいかなる法的手段をとることができるのか」という観点で執筆します。

声明文に記載されている法的手段

それでは、冒頭引用部にある法的手段について、整理してみましょう。前提として、主婦連・全地婦連は、実際にサイトブロッキングが行われれば、それは電気通信事業法によって禁止されている行為にあたる、と理解しています。

「ブロッキング」とは,電気通信サービスの利用者に対して行われる閲覧防止措置のことであって,電気通信サービスの利用者の「通信の秘密」(憲法第21条第2項、電気通信事業法第4条第1項)を侵害するもの

なお、電気通信事業法第4条は、次の通りです。

電気通信事業法
第4条第1項 電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は、侵してはならない。
第2項 電気通信事業に従事する者は、在職中電気通信事業者の取扱中に係る通信に関して知り得た他人の秘密を守らなければならない。その職を退いた後においても、同様とする。

そのような理解を前提に、主婦連・全地婦連が冒頭引用部で示した法的手段は次の通りです。
1.消費者団体訴訟(消費者契約法12条以下)
2.処分等の求め(行政手続法36条の3)
3.刑事告発(刑事訴訟法239条)

以下では、このうち1と2について解説したいと思います。

1.消費者契約法の消費者団体訴訟とは

消費者団体訴訟とは、内閣総理大臣の認定を受けた消費者団体が、消費者に代わって事業者等に訴訟を提起することができるという制度です。
消費者庁 消費者団体訴訟制度とは
何でもかんでも提訴できるというわけではなく、現在では「適格消費者団体による差止請求」と、「特定適格消費者団体による被害回復」があります。おそらく本件で検討されているのは前者の差止請求であると考えられます。
適格消費者団体による差止請求(消費者契約法12条)とは、事業者が消費者契約法等によって規定されている、「不当な勧誘」、「不当な契約条項」、「不当な表示」を行おうとしているときに、それを差し止めることを求める裁判を起こすことです。
今回は、行政法規である電気通信事業法違反の行為を消費者との契約において行おうとしているということですから、消費者契約法10条の不当条項規制を経由したかたちでの差止請求、ということになるでしょうか(ここは、本当に本件において差止請求の可能性があるかどうかについて議論がありえます。実際の約款がどうなっているのか等、具体的な事情がわからないので、ここまでにしておきます)。
なお、主婦連・全地婦連自身はこの「適格消費者団体」の認定を受けている団体ではないようです。ですので、冒頭引用部においても、「他の消費者団体等と協力して」という書き方になっていますね。

2.行政手続法の処分等の求めとは

次に、行政手続法36条の3の「処分等の求め」についてみていきましょう。

行政手続法
第三十六条の三
第1項 何人も、法令に違反する事実がある場合において、その是正のためにされるべき処分又は行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)がされていないと思料するときは、当該処分をする権限を有する行政庁又は当該行政指導をする権限を有する行政機関に対し、その旨を申し出て、当該処分又は行政指導をすることを求めることができる。
第2項 前項の申出は、次に掲げる事項を記載した申出書を提出してしなければならない。
一 申出をする者の氏名又は名称及び住所又は居所
二 法令に違反する事実の内容
三 当該処分又は行政指導の内容
四 当該処分又は行政指導の根拠となる法令の条項
五 当該処分又は行政指導がされるべきであると思料する理由
六 その他参考となる事項
第3項 当該行政庁又は行政機関は、第一項の規定による申出があったときは、必要な調査を行い、その結果に基づき必要があると認めるときは、当該処分又は行政指導をしなければならない。

この規定は2014年に導入されたばかりの規定です。行政事件訴訟法2004年改正で導入された義務付け訴訟を、訴訟以前の行政過程にも導入するという機運が高まりました。そこで、(申請権を前提とせずに)行政権限の発動を求める非申請型義務付けにあたる部分については、行政手続法に規定を追加することで対応することにしたのです。
「処分等の求め」となっていると、「等」の内容が気になると思います。これは、法定行政指導を含むということです。第1項の「行政指導(その根拠となる規定が法律に置かれているものに限る。)」という部分ですね。つまり、行政指導は一般論としては組織規範だけでもできますが、ここでいう「求め」をするには、法律上その根拠が明示されていることまで必要である、ということです。ですので、行政処分(これはどのみち法的根拠が必要)にせよ、行政指導にせよ、法的根拠のある(ある程度「重たい」)ものだけが対象になっています。
それでは、誰が申出をすることができるのでしょうか。36条の3第1項にあるとおり、「何人も」とありますので、この申出をするにあたっては具体的に損害発生があったかどうかや、自分の権利が侵害されているかどうかは前提とされていません。その意味では、消費者団体はもちろんのこと、誰でも申出をすることができます。
ただ、「法令に違反する事実がある場合」という要件がありますから、単に法令違反のおそれがある、という段階では足りず、実際に法令違反の事実が確認出来ていることが必要になります。そのため、第2項では、その理由をきちんと添えて申し出ることが求められているというわけです。
また、第3項に基づき申出を受けた行政機関は必要な調査を行いますが、刑事告発等とは異なり、この申出を行った人にその結果を通知する義務(応答義務)はない、と整理されています。そのため、申出を受けた行政機関が何もしなかったとしても、そこまで・・・ということになります。「申出をしたのに断られたので申請型義務付け訴訟だ!」という訳にはいかない、ということです。もし、さらに訴訟提起をしたいのであれば非申請型義務付け訴訟(行政事件訴訟法3条6項1号、37条の2)となりますが、そちらは自己の法律上の利益が侵害されていることも訴訟要件となります(いわゆる原告適格論)し、他の要件も厳しいです。

おわりに

今後、主婦連・全地婦連がどのような交渉を行うかは状況が不安定な現状ではよくわかりません。ただ、今回紹介した制度はいずれも比較的新しい制度です。消費者利益は薄く広く多くの人の利益です。その救済を求める場面が限られており、消費者団体の活躍に期待したいところです。
なお、横田自身は集団的利益・拡散的利益に関する研究を行っております。また、本稿の後半に関連する論文として、横田明美「個人情報の性質に応じた保護と本人による「関与」──自己情報コントロール権の議論を踏まえて──」現代消費者法35巻39-46頁があります(特に45頁は、実体法部分は個人情報保護法ですが、今回の内容に近い事を書いています)。あわせてご覧ください。
また、今回、領域を横断する事象を、なるべく丁寧に平易に書いたつもりですが、誤解があるかもしれません。誤りは全て横田に帰属します。ぜひ、そのような点を見つけた人はTwitterなどでお知らせください。(コメント欄は承認制なので、やや反応が遅くなります。ご容赦ください。)